« 秋季・熱海海上花火大会 | メイン | 仙石線地上線跡地を歩く(1)陸前原ノ町~宮城野原 »
2009年10月21日
ありがとう! 103系 (最終日) ~ 通勤電車には飾り気のない終焉がよく似合う
昭和38年に国鉄103系が山手線に登場して、46年。
昭和54年に仙石線に103系が投入されて、30年。
南武線から移籍した103系を追いかけて私が仙石線に通うようになってから10年。
103系が一旦仙石線の運用を終えて、RT-235編成が郡山に送り込まれてから5年。
RT-235編成がトイレをつけて奇跡の復活を遂げてから2年。
ついにこの日がやってきました。
仙石線、JR東日本で最後まで残った103系、営業運転終了。
RT-235編成は先週末17日から「ありがとう103系」と書かれたヘッドマークを付けて運転しており、17・18日には最後の石巻入線を果たしました。19日からは、2007年3月以降の通常運用である平日朝のあおば通~東塩釜間の運用で、今日21日に最終運用を迎えることとなりました。
17・18日の石巻入線を撮るために宮城に来ましたが、19・20日と会社に行った後、20日の最終、やまびこ223号で仙台入りしました。
今朝は5時10分に起きて、5時40分にホテルを出て、東口ラオ・・・じゃなくてBiviのマクドで朝食後、6時8分発の東塩釜行に乗り、福田町に移動しました。
実は「晴れの日に福田町駅ホームの先端で103系の営業運転を撮る」ということが、2007年3月の営業復帰以来一度も出来てなかったのですよ。試運転は撮ってたんですけどね。それを敢えて最終日に持ってくるか、ってとこですが。
問題は、この時間だと早過ぎて日が十分に回ってないこと。でも、103系が来る7時18分には日も十分に昇るだろうと見て、敢えて、日陰承知で、狙ってた位置に合わせて練習することにしました。
M18編成、回送。
M9編成、A快速石巻行。
M6編成、回送。
M10編成、普通石巻行。
M5編成、普通東塩釜行。
ここまで撮ったところで10分前。なかなか日は思うように上がりません。ということで、レンズを伸ばし、想定よりも奥で狙うことにしました。
7時18分、普通東塩釜行き、RT-235編成。最後の103系走行撮影になりました。
そのまま乗り込み、終点東塩釜へ。
7時36分着予定のところ、若干遅れて東塩釜に着きました。
しばらく東塩釜表示のままでした。
5分強の停車時間は撮影会状態になります。最後の地上での折り返しです。
空を入れて。最終日が晴れてよかったです。
7時45分発あおば通行となります。そのまま乗り込みました。いつも通りの混み具合、いつも通りの通勤列車の様相を呈していました。ただ客層が一部、若干異なってたようです。
あおば通でも最後の撮影会状態。ここに入線することはもうありません。
HM周り拡大。
側面の「SENSEKI LINE」。今思えば仙石線の個性がよく主張されたデザインでした。
最後の営業運転は小鶴新田行です。8時25分に発車しました。
立っている人もいますが、席が埋まっているというわけでもなく、混んでいる、というわけではありません。何となく、宮城野原付近でトイレに入りました。クハ103-235、東日本の103系としては最初で最後のトイレ設置車両です。
定刻の8時37分より若干遅れて、小鶴新田に到着しました。すぐに反対側のホームに回りました。
どうやらかなり前に停まってしまったようで、前で撮ろうとしていた人たちは大変だったかもしれません。
仙台車両センター宮城野派出に向け回送されていきました。特にギャラリーからの拍手や声援などもなく、静かな送り出しでした。首都圏、そして最後は仙塩地区の通勤輸送を地味に、着実に支えてきた103系の最後はこれが似合っているのかもしれません。
後続の、8時43分発の東塩釜行で次の福田町に移動しました。
実は、朝、仙台駅の改札を入ってからここで初めて改札の外に出ました。今回は周遊きっぷ等は使ってませんが、Suicaをタッチするために改札を出る暇もないことは予想していたので、事前にMV(指定席券売機)で、仙台→東塩釜、東塩釜→あおば通、あおば通→福田町の乗車券を買っておきました。
宮城野派出1番留置線にいるのが踏切から見えました。2倍エクステンダを付けて撮りました。
横に回りました。
M6編成が横を通過したところ。
役目を終えて一休みの103系RT-235編成。後日廃車回送が行われると見込まれます。
福田町9時1分のあおば通行で仙台に戻り、ホテルに戻って10時のチェックアウトまで横になってました。気休め程度の休息でした。
最初にも書いた通り、仙石線での103系の最後は、すなわち、JR東日本での103系の最後でもあります。
かつては日本最大の勢力を誇った電車、103系。西日本・九州にはまだ残りますが、かつて最大の牙城であった首都圏を含む、JR東日本での営業運転はこれで終わりました。
私の地元、南武線でも103系は昭和57年から平成16年までの22年間活躍してきましたが、HM取り付けすらもなく、地味に引退しました。
その南武線からも6両の103系が仙石線に移り、しばらく活躍してきました。これが、私が仙石線に注目するようになったきっかけであり、断続的ではあるものの10年間追いかけ続けてきました。
仙石線では寒冷地であることもありドアボタン取り付けが行われると共に、個性的なデザインに改造されましたが、それもまた味があって好きでした。
そして、仙石線103系を撮りに通うことで、仙台・宮城の観光地としての魅力にも取りつかれました。電車に関係なく、様々な人たちと知り合うことになりました。
もう、最初のきっかけとなった仙石線103系を撮ること、乗ることは出来ません。でも、仙台・宮城にはこれからも事あるごとに通うことになるでしょう。
103系の長年の活躍、そして、これまでの約10年の仙石線での、そして仙台・宮城での思い出に感謝します。ありがとう。
2009年10月21日 23:47
カテゴリ:
« 秋季・熱海海上花火大会 | メイン | 仙石線地上線跡地を歩く(1)陸前原ノ町~宮城野原 »
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://tokyosuburbanparadise.jp/mt/mt-tb.cgi/2256
コメント
コメントしてください
- コメントは個々の記事に対して記入していただくようになっています。何らかの理由がある場合を除き、記事の内容に関連したコメントをお願いいたします。
- サイン・インされると、コメントはすぐに表示されます。サイン・インされない場合、河野による承認後にコメントが表示されます。アカウント作成は、上記「サイン・イン」のリンク先より行ってください。
- メールアドレスは表示されません。でも、きちんと書いてください。お願いします。
- 河野が不適切と判断したコメントは削除になるか、または承認されません。